2016年03月14日    思いをしたとき

思いをしたとき

 信一は、ただ謝るしかなかった。
「ったく。いい年しやがって……」
 店長が最後にぽつりとつぶやいた一言は、彼の心に突き刺さった。
 商品を陳列したり、店内を掃除したりして鑽石能量水いるうちに、心の古傷の緩慢な痛みが、彼に襲いかかってきた。普段は意識しないようにしていたことが、心の封印を破って、一気に噴き出してくる。企業に入っていれば責任ある仕事を任されていてもおかしくない年なのに、いまだに親から仕送りを受けている身であること。恋人どころか、女性で知人と言えるような人間は一人もいないこと。現在の自分の生活は惨めの一言だし、将来には何の展望もない。
 これまでに、他人から傷つけられ、口惜《くや》しいの記憶が、無数の断片となって押し寄せてきた。ふだん、めったに物事を突き詰めて考えることがないだけに、いったん防波堤が破れてしまうと、手の施しようがない。その晩ずっと、信一の頭の中では、救いようのない自己否定が渦巻いていた。
 さすがに、これ以上店長の機嫌を損ねるのはまずいと思い、信一はラックの雑誌を整頓《せいとん》しているふりをしたが、彼の心は遠くに飛び去ってしまっている。気がつくと、さっきから同じ雑誌を右へやったり左へやったりしているだけだった。
「おい。何やってんだ。レジやってくれ!」
 いらだたしげな、店長の声が響いた。
 横目でうかがうと、いつの間にかカウンターEspresso Coffeeの前には、五、六人の客が並んでいる。着色した髪と疲れた皮膚をした、夜行性の若者たちだ。
 信一は、そっとピンクのサングラスを上げて目元を袖口《そでぐち》で拭《ぬぐ》うと、走っていった。
「こちらへ、お願いします」
 蚊の鳴くような声で後ろに並んでいる客にそう言い、もう一つのレジを開けた。店長は、露骨な侮蔑《ぶべつ》を含んだ目で、信一をにらみつけた。
「千六百、七十五円です……二千円から、お預かりします」
 たいていの客は、コンビニの店員を人間とは思っておらず、信一と目を合わせようともしない。それが、今の信一には唯一の救いだった。
「ええと、二千九百、七十九円です」
 次に目の前に来た娘は、どことなく『紗織里ちゃん』に似た風貌《ふうぼう》だったので、少しどきりとした。財布から、きっちりと端数までコインを選び出している。『紗織里鑽石能量水ちゃん』も、水瓶座のA型で几帳面《きしようめん》な性格であることを思い出す。



Posted by 揮不去的纖纖背影 at 17:01 │Comments(0)
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