2016年01月05日    は落ち窪ん


「被害者は小学校の二年生です。学校は、ここから徒歩約十分のところにあります。昨日の午後四時頃、一旦自宅に帰ったそうです。その後、母親の知らないうちに外出し、消息を絶ったというわけです。届けが出された後、手の空いていた警官が中心になって、自宅や学校周辺から駅付近までを探したそうですが、見つからなかったそうです。ただ、午後五時頃、バス通り沿いのアイスクリーム屋で、被害者と年格好の似た女の子がアイスクリームを買ったという情報があります。残念ながら店員は、優菜ちゃんの写真を見ても、同一人物とは断言できなかったようですが」
「アイスクリームねえ」小林が呟いた。
「その女の子はアイスクリーム一個を買ったということです、女の子に連れはいなかったそうです」
「アイスクリームを食べたくて、家を出たのかな」小林が誰にともなくいう。
「その可能性はあります。行動的な女の子らしく、勝手にどこへでも行ってしまうことがしばしばあったそうです」
 小林は頷いてから、「父親の話は聞けるんだね」と牧村に確認した。
「現在、ここの町内の集会所を借りて、そこで待機していただいています。いまお話ししたことなども、そこで聞きました。お会いになりますか」
「係長がまだ来ないけど、先に話を聞いておきたいですな。──おまえたちも一緒に来てくれ」小林は松宮たちにいった。
 殺人事件が起きると、所轄の刑事や機動捜査隊の捜査員が初動捜査にあたる。遺族から話を聞くのもその一環だ。だが捜査一課が捜査を引き継ぐ以上、改めて話を聞き直すことになる。遺族としては何度も同じ話をさせられるわけで、前回の事件でも松宮はそのことをひどく気の毒に感じた。またあの憂鬱な手順を踏むのかと思うと気持ちが暗くなった。
 牧村が案内してくれた集会所は、二階建てアパートの一階にあった。近くに住んでいる大家が、格安で提供しているという話だった。築年数は二十年以上ありそうで、外壁にはひび割れが入っていた。借り手がつかないまま放置しておくより、町内に貸したほうが得だと考えたのかもしれない。
 ドアを開けるとかすかにカビの臭いがした。入ってすぐに和室があり、薄いブルーのセーターを着た男性があぐらをかいて座っていた。片手で顔を覆い、深く首を項垂れていた。人が入ってきたことに気づいていないはずはなかったが、石のように動かない。動けないのだ、と松宮は察した。
「春日井さん」
 牧村に声をかけられ、春日井忠彦はようやく顔を上げた。頬は青白く、目でいる。やや薄くなりかけた前頭部が脂で光っていた。
「こちら、警視庁捜査一課の方々です。申し訳ないんですが、もう一度詳しい話をしていただけますか」
 春日井は虚ろな目を松宮たちに向けた。目の周囲には涙の跡があった。
「そりゃあ、何度でも話しますけど……」



Posted by 揮不去的纖纖背影 at 15:14 │Comments(0)
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